おおきな木つうしん200号で〜す!
おおきな木がオープンしたのは、1994年5月5日。もう17年も経ってしまいました。先日、店にやってきた赤ちゃん連れのお母さんが、「子どものころ、この店、ときどき来ていたような気がする」とおっしゃってましたが、ガーン!ですね。あのころ僕はまだ若かった…。今はどこから見てもおっさん。久々に会った知人が僕のおなかを見て、「三四郞さん、出てきましたね」だと。「何を言うか。今に始まったことではないわ」と、威張ってみてもしかたがないんですが、反論できない自分が悲しいです。
さて、話はもどって、17年前のオープンの日、とにかく店は大繁盛しました。岐阜市に変わった店ができるとあって、新聞各紙が取り上げてくれたおかげだ と思うのですが、お金をかけた広告は何もしなかったのに、一日中店は賑わい、在庫の数は今ほど多くなかったとはいえ、ゴールデンウイークが終わるまでには 棚ががらがらになってしまうという状況でした。この調子で毎日繁盛したらどうなってしまうんだろうかという思いがよぎりましたが、心配は無用でした。悲し いことに17年経った現在、あの日一日の売上記録は未だに更新されていないのであります。
ま、それはともかく、おおきな木が、岐阜市に根付いて、子どもの本の情報発信基地にもなればという思いもあって、オープンのときからこの「おおきな木つ うしん」を発行してきました。そして今200号。厳密に言うと、オープンの前に準備号を2号出していましたから、202号。よく続いて来たと思います。当 初は、毎月発行するなんて僕には無理だろうと隔月刊にしていたのですが、商売を始めるとお客さんに伝えたいことがどんどん出てきて、半年後ぐらいからは毎 月発行に切り替えました。
熱するのも早ければ、冷めるのも早いというのが僕の性格ですが、熱するととことんやるという一面もあるんですね。中学生時代、2年生から3年生にかけて 学級新聞の編集長を務め、2年間に40号ぐらい、B4サイズ1枚のガリ版刷り新聞を出したことがありました。クラスの友だち同士のおかしな会話を暴露 (?)したり、クラスの仲間が登場する一コマ漫画を連載したり(その漫画を描いていた友人は著名な画家になりました)、先生たちのプライバシーを暴くイン タビュー記事とか、世界のヘンなニュースを新聞からパクった記事などがあったりで、読者(?)の反応もよくて結構レベル高かったような記憶があります。夏 休みの宿題の日記はいつも三日坊主でしたが、人のウケを狙うようなところではがんばってしまうというお調子モンだったんですね、きっと。
ついでなんですが、実を言うと、我々夫婦、この5月で結婚30年。こちらもよく飽きずにやってきたと思います。独身時代、いろんな女性との交際はありま したが、大体1年以内で熱は冷めてましたから、妻ともせいぜい3年ぐらい持てばと思ってたんですが、何と30年。何とかなるもんですね。
最後に、ひとつお知らせです。現在制作中のワタクシのCD「杉山三四郎絵本をうたう③」、当初5月発刊予定と言っていましたが、僕の声の状態がイマイチ だったため、2〜3か月発刊が遅れることになりました。その分、今まで以上にすごく楽しいアルバムになりそうです。どうぞご期待下さい。
おおきな木 杉山三四郎











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