つらいつらい、わが家の「断捨離」
今から18年前、僕は「おおきな木」を始めるために、17年間勤めていた会社を辞めました。そのことに比べれば大したことはないのかも知れませんが、今また、我が家にとっての転換期を迎えています。築45年の家を取り壊して新築することになったわけです。
じつはもう何年も前から構想はあったのですが、親の代から住んでいたこの家を壊すとなると、その荷物をどうするのか、それを考えただけで恐ろしくなってきてなかなか決断がつかず、ついに、「借金ができるぎりぎりの歳」になって「今しかない」となったわけです。
そんなわけで、我が家は二か月ほど前から、店の定休日は今流行りの「断捨離」デー。とにかく出てくる大量の本。9割を捨てようと決心したものの、自分が 若いころ読んで感銘を受けた本とか、子どもといっしょに読んでいた本とかが出てくると、ちょっと捨てられないわけです。そして写真。これも量が半端じゃな い。見もしないでそのままゴミ袋へやってしまえば、それでスルーなんだろうと思うのですが、そうはいかない。ついつい見ちゃうんですね。見始めるとやめら れなくなってしまって、断捨離は全然はかどらないわけであります。
そして開かずの扉となっていた押し入れの扉を開けると、中から出てきたのはタイムカプセルのような段ボール箱の数々。わが子たちの子ども時代の作文やらノートやらに混じって、僕自身の子ども時代の絵やら作文なども出てきます。うーん、ちょっと捨てられないな。
そして衝撃の段ボール箱がひとつ。30年から40年も前の手紙がぎっしり詰まった箱です。それを開けると、完全に僕は独身時代にタイムスリップしたので す。女の子たちから届いたラブレターやファンレターがどっさり出てきて、身に覚えのある女の子の名前があると、捨てる前にちょっとのぞいてみようなどとい うスケベ根性が出てきて、時間がどんどん経っていってしまいます。「ああ、この子は今どうしてるんだろうな?」、「この子とはあまりいい別れ方をしなかっ たよな」…。どんどんイメージが遡っていくこととなり、ひょっとしたらこれは、当時の僕の行動を知る重要な歴史的資料かもしれないと思い至るとちょっと捨 てがたかったのですが、一方では、「こんなのとっておいたらこの女性たちに悪いよな」ということで、思い切って「断捨離」です。
でも、ちょっとのぞいてみた手紙で改めて思ったことは、この頃の自分は一生懸命生きていたなあということです。大学時代はこれといった目標を持つことも なく、悶々とした日々を送っていたのですが、大学を中退してからはほんとうにひたむきでした。17年間勤めることになったその会社は大卒しか採用はなかっ たのですが、なんと3回も履歴書を出して、特別扱いで入社。まずは信州の山奥で武者修行(?)をするという試練から僕のサラリーマン時代が始まったのであ ります…(続く)。
などと語り出したら、どんどん自分史に思いを馳せることになってしまうのでもう止めますが、こんなふうに我が家のタイムカプセルをひもといていると、断捨離は遅々として進まないわけです。しかし仮住まいへの引っ越しの日はもう目前。焦るばかりです。
さて、断捨離の一環として、わが家の蔵書を当店でも売ることにしました。今ではもう入手が困難な本もたくさんあります。といっても、いざ売るとなると、 「お客さん、それちょっと待ってください」と手を伸ばしたくなるのもあるのですが、いや、誰かに読んでもらった方がその本のためなのだと思うことにしま す。
おおきな木 杉山三四郎











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