のんびりこぶたとせかせかうさぎ

のんびりこぶたとせかせかうさぎ

のんびりこぶたとせかせかうさぎ

小沢 正 作
長 新太 絵

 

お店の本棚の片隅で誰かの手に取られるのをずっと待っている本を1冊。

私が小学校低学年の時に、大阪へ家族ででかけるにあたって新幹線の中で読むために文庫で買ってもらった本です。ハードカバーも出ていましたが、今回読みログを書くにあたって調べてみたら、今は文庫でしか出ていないようです。

こぶたを見ても、うさぎを見ても、こんな人いるいると思ってしまいます。そして、この2人(2匹)のようなコンビも、あるある。

性格がまったく正反対の2人は、それでも一緒に暮らしていて、口には出さないけれど実はお互いのことが大好きで。もし何かがあって片方が出て行ってしまったら残された方はわあわあ泣いちゃうかもしれないのですって。性格がせかせかしているうさぎは口の利き方も偉そうで、見栄っ張りでプライドが高くて、こぶたをちょっと見下したような発言をしたりして。端から見ると、こぶたはなんで一緒にいるの?って思ってしまうような言われよう。こぶたはこぶたで、のんびり屋さんで、食いしん坊で、人をちょっとイライラさせるようなところがあって。でもこの凸凹具合がぴったりはまっているんでしょうね。お互いのいいところをちゃんと知ってるんだろうな。

この2人のやりとりは、声に出しても出さなくても、声を変えて読みたくなります。偉そうでせかせかなうさぎと、のんびりまったりなこぶたにぴったりの声で。

人間関係だとか社会的なことだとか深くも考えられるお話ですが、とりあえずは単純に2人のかけあいや2人の気持ちを楽しんで読みたい本です。

スタッフ みか


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白い馬

白い馬

白い馬

東山魁夷 絵
松本 猛 文・構成
東山すみ 監修

 

東山魁夷の絵を知ったのは、中学の国語の教科書の表紙でした。毎日使っていた教科書の表紙がふと気になり、見返しか最後のページを確認したのだと思います。以来、東山魁夷を知っていることが嬉しくなり、やがて東山魁夷の絵が好きになりました。近くの美術館で東山魁夷展が開催された際には、何度か足を運びました。大きな絵の前に立てば、森の匂い、霧でしっとりしそれでいてひんやりと澄んだ空気、どこまでも静かで、遠くから蹄の音だけが聞こえてくるような感覚に包まれました。ひとつの絵の前にぼーっといつまでも立っていたいと思いました。魁夷の世界に酔いしれたままポストカードを何枚か購入しましたが、当たり前だけれど本物にかなうはずもなく、本物を見た証拠として引き出しの中にしまったのはもう随分前の話。

その東山魁夷の絵が絵本になりました。東山魁夷館の前館長でもある松本猛さんが、東山魁夷の遺した言葉をもとに幻想的なお話を綴っています。

そこには、私が美術館で感じたような、森の空気や匂い、静まりかえった音がありました。また、美しい町の存在感がありました。魁夷が絵の具と一緒にキャンバスにのせていったモーツァルトが流れていました。そして、「ぼく」を導いた白い馬は…。

ざわついた気持ちを穏やかにしてくれる、手元に置きたい一冊となりました。

スタッフ みか


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リスベート・ツヴェルガー絵本原画展 --今回は見ログです--

リスベート・ツヴェルガー絵本原画展 --今回は見ログです--

リスベート・ツヴェルガー絵本原画展

 

6月17日まで京都の伊勢丹で開催されていた『リスベート・ツヴェルガー絵本原画展』に行ってきました。

ツヴェルガーの初期の作品から現在に至るまでの原画が、年代順に展示されていました。学生時代、描くことが怖くなってしまった時期を乗り越えたころの作 品。そしてそれから多くの作品が描かれていきます。濃い色で描かれていた時代から、透明感あふれる表現、そして指先から髪の毛にいたるまで細部が描き込まれた作品。時代ごとに雰囲気や描かれ方が違っていて、その移り変わりを楽しむことができました。絵本のストーリーを追って絵が展示されており、彼女の絵から物語が紡ぎ出されていきます。また、ある時期から、より空想的な絵が描かれるようになり、絵がストーリーをさらに膨らませているように感じられました。画材は主に水彩。 計画的でありながら偶然的な水彩のにじみや光と影の表現。隅から隅まで丁寧な手仕事。描きこまれた細部。キャプションとしてついている絵本のストーリーの一部と共に一つ一つをじっ くり見ていたら、1時間があっというまに過ぎてしまいました。

画像は、「モルゲンシュテルンのこどものうた」。モルゲンシュテルンはドイツの詩人。モルゲンシュテルンの独特の詩をツヴェルガーが絵で表現しました。

スタッフ みか


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時計つくりのジョニー

時計つくりのジョニー

時計つくりのジョニー

エドワード・アーディゾーニ 作
あべ きみこ 訳

 

アナログ時計が好きです。

デジタル時計をみると「ああ、もう10分しか時間がない。」と感じ、アナログ時計を見ると「まだ10分もある。」と感じます。数字の形が次々と変わっていくデジタル時計に対し、アナログ時計は短針や長針をじっと見ていても動いているのかどうかわからないからなのかもしれません。秒針がずっと動き続け、時間と時間の間にすき間がないからなのかもしれません。なぜか、デジタル時計とアナログ時計では時間の感覚が違って感じるのです。だからでしょうか、アナログ時計が好きです。

アナログ時計の中では噛み合わさった歯車が動いています。子どものころから、「歯車で動く」ものに少なからず魅力を感じていました。歯車で動く代表的なものが、私の中では時計でした。時計職人や時計屋さんは憧れの一つでもあったのです。たくさんある絵本の背をながめていてこの『時計つくりのジョニー』が目に触れた時、今でも心の片隅で消えずに残っている、時計職人への憧憬がふわりと浮き上がるのを感じました。

ジョニーは「大時計を作る」と公言しますが、誰からも相手にされません。みんなの笑いものになりながら、ごくごく少数の理解者に支えられて、目的を実現させるために動き出します。自分でできることから始め、必要な部品を探します。大きさの違う歯車や、軸や、鎖や、振り子。これらを自分でいちから作ることはジョニーにはできません。でも部品を手にいれないと「大時計を作る」という目標は頓挫してしまいます。

絵本の中で、歯車や振り子がまるで設計図のように描かれていたり、振り子を作る過程が描かれていることにも魅力を感じました。

ジョニーの行動力に、私の中の「やる気」をツンツンとつつかれたような、そんな気持ちになりました。

 

スタッフ みか


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ねむねむくんとねむねむさん

ねむねむくんとねむねむさん

ねむねむくんとねむねむさん

片山令子 作
片山 健 絵

 

片山夫妻の作品が大好きです。どこか、こころのまんなかの、だいじなあたり…にそっとふれてくるような感じがいつもします。

「ねむねむくんとねむねむさん」は、まだ春がくるまえの寒い日に、「だれかさん」が「だれかさん」を訪ねるところからはじまります。おたがいがおたがいを知っていることはわかっているんだけど、眠くて眠くて、どうしても名前が思い出せないのです。そこで、とりあえずお互いを「ねむねむくんとねむねむさん」と呼ぶことにしました。とってものどかなお話にみえるのですが、ふと思えば、人生ってこんなものなのかも…。

ブッダいわく(笑)、人の現世とは眠りこけているようなものだとか。眠くて眠くて、出会ってもお互いがだれなのか、なんにもおもいだせない。でも、気がつけば一緒にいて、ハッピーだったり、ぶつかりあったり、傷つけあったりしている。誰もが、自分を忘れてしまった「ねむねむさん」なのかもしれません。でも、一番大切だと思う人といっしょにいて、ただ、この世界を存分に味わうこと。そのうちひょんな拍子に名前をおもいだすこともあるかもしれない。(おもいださないかもしれないけれど、きっと二人はそんなこと気にしないでしょう。)やがて、冬は終わり、春がやってきます。

「かちんかちんの ぼろぼろの、どろだらけの、ねむねむ」が甘い大陽の光をあびて、風のにおいをかいで、すこしずつ自分を思い出す物語。

片山夫妻の本は、こどもがよんでも大人がよんでも、それぞれになにか響くものがあるような気がします。まだ読んでみたことがない方は、ぜひ片山ワールドに触れてみてください。

スタッフ えんや



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ひみつのカレーライス

ひみつのカレーライス

ひみつのカレーライス

井上荒野 作
田中清代 絵

 
表紙にはゴロゴロ大きな野菜とお肉が入ったカレーライスがどーん。すでにカレーのいいにおいがしてきそうです。ちゃぶ台に、着物姿のお父さんと割烹着のお母さん。昭和30年代(?)を思わせる、少し古風な絵がかえって新鮮。

フミオが見つけた黒くて小さくて固いもの。真面目そうなお父さんが本で調べてみると、それはカレーライスの種。お父さんは真面目な顔をして種を蒔き、本に従って育てます。育て方は?種はどうなる?それは絵本を開いてからのお楽しみ。それが分かる頃には、頭の中も心の中もカレーライスの絵と香りでいっぱいになって、よだれまで出ているかもしれません。

今日の夕食はカレーライスに決まり!

 

スタッフ みか

 


 


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ナマケモノのいる森で

ナマケモノのいる森で

ナマケモノのいる森で


アヌック・ボワロベールとルイ・リゴー しかけ
ソフィー・ストラディ ぶん

 
森がきりたおされ、荒野にまた種をまく…。
なんども絵になり、ことばになり、くりかえし本となったテーマだとおもいます。
このしかけ絵本も、言っていることはなにも目新しいことはないのだけれど、木が最後の一本になってしまい、それが小さくとも雄々しくすっくと立ち、立派に影までおとしているのを見たとき、なんだか心の奥がざわっとしました。
そして、もっと小さな、希望の「芽」にも、無数の小さな影…。    
この星の上で起きていることの、「リアルなかけら」。
思ってみれば、紙も木からできているわけですから、その分身ともいえるのですよね。
とびだす絵本はたんにその技術の高さで驚かせたり、ちいさな子供をたのしませたりするだけでなく、こんなふうにメッセージを語らせることもできるのだと気づきました。

本そのものはとてもスタイリッシュで、うつくしいです。
発行元のアノニマスタジオの理念は、

「遠くに住む友人から届いた手紙のように、何度も読み返したくなる本、その本があるだけで、自分の部屋があたたかく輝いて思えるような本を」。

発行する人たちの思いがつまった本が、どんどんかたちとなって増えていくとうれしいな。

 

スタッフ えんや

 

なまけもの2.jpg
 


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ネジマキ草と銅の城

ネジマキ草と銅の城

ネジマキ草と銅の城


パウル・ビーヘル 作
村上 勉 絵

 
この本は、装丁に惹かれて手にしました。本棚に並べておきたい、そう思わせる装丁。気になって奥付を見てみると、装丁家は名久井直子さん。他にも魅力的な装丁をたくさん手がけていらっしゃる方でした。また、絵はなじみ深い村上勉さん。少しレトロな雰囲気の絵が、物語にぴったりです。装丁と表紙の絵で、本を開く前から心を持って行かれました。

物語は、古い城に家来のノウサギとたった2人で住んでいるマンソレイン王の心臓が今にも止まりそうなところから始まります。まじない師が薬となるネジマキ草を手に入れてくるまで王の命を繋ぐため、様々な動物たちが城を訪れては王に物語を語って聞かせます。

長い長い物語のなかに、動物たちが語る小さな物語が積み重ねられていきます。小さな物語を毎日一つずつ、時々は二つ、三つ、そんな読み方もいいな、と思いました。でも、最後に語られる物語は、少し長くてもひと息に読みたくなるに違いありません。

作者のパウル・ビーヘルは枠物語の名手と言われています。枠物語と呼ばれる構造を十分に楽しむことができ、読み終わった時には達成感や満足感とともに、その巧みな作りにため息がこぼれます。

スタッフ みか


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おおきな木のおはなし

おおきな木のおはなし

おおきな木のおはなし


メアリ・ニューウェル・デパルマ 作・絵

 
木があります。長い時間がたって、木は老いていきます。命が生まれてから過ぎてゆく時間を重くなく、でも軽すぎず、明るく優しい絵と穏やかな文章でさらりと描いた絵本。激しい悲しみや心躍る楽しさはありません。ただ、自然な流れであることを改めて思い返し、そして、ああ、やっぱりそうなんだと思う。心地よい安心感がそこにはありました。
そう、それはまるで子守歌のような。

スタッフ みか


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しきぶとんさん かけぶとんさん まくらさん

しきぶとんさん かけぶとんさん まくらさん

「しきぶとんさん かけぶとんさん まくらさん」こどものとも 年少版 2010年2月号


高野文子 作・絵

 
ふとんも眠ることも大好き。
フカフカのなかで、巣穴のようにしてくるまっていると、安全に守られているようなかんじがする。そんな「ふとんたち」に祈りをささげる?ちょっとヘンな本です。

高野文子の漫画のファンとしては、これをみつけたときには、「おおっ!」とすぐにとびつきました。
あいもかわらぬ、洒脱で、粋な、描線とことば…。背を向けた子供の、うなじやおしり、足の裏たちにまで、妙にいとおしい風情があります。

「しきぶとんさん しきぶとんさん
 あさまで ひとつ おたのみします」
「まかせろ まかせろ おれにまかせろ…」

ふとんさんにお願いする、朝までの安らかな時間。おねしょ、こわい夢、寝ているうちにもいろいろと手強いハードルがあるんだろうなあ、子供には…。
でも、うちの子は、「まかせろまかせろ…」と口をきくふとんたちのほうがよほど怖いらしく、「ほんとはこんなこといわないよね!」とわたしに確かめながら、おそるおそる読んでいます。

「こどものとも」は、よほど人気があると立派なハードカバーとなって再版されるのですが、そうでないものは、在庫のみで、書店から消えてしまいます。
「これは」と思うものは、ぜひ手にいれておきたいところです。
                       

スタッフ えんや

 


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